鍼灸の恩師、大串重吉先生が89歳で永眠されて一年がたとうとしています。
大串先生は昭和22年に鍼灸師になられて85歳で引退されるまで66年間にわたり鍼灸の臨床家として生きてこられました。
大串先生との出会いは、まだ私が鍼灸師になりたてのころ熊本市で開かれた鍼灸学習会です。先生の経絡理論に基づいた臨床報告に感銘をうけ、研究会をされていると知りすぐに参加させていただきました。研究会は阿蘇一の宮町にある大串鍼灸院で月一度行われ、医師、薬剤師、鍼灸師が大串先生から臨床について学びます、以来10年以上にわたり指導していただきました。
現在でも私の鍼灸のベースは大串重吉先生から指導していただいた経絡治療です。
大串先生は体内を流れている「気」の通路、つまり経絡のバランスを整えることを治療の中心にしておられました。病気のとき経絡上に反応がでる場所が経穴、いわゆるツボです。
病気は気の不足や滞りが原因であり、ツボに鍼灸で適切な刺激をあたえることで、患者さんの自然治癒力を活性化させるようにすると教えられました。
先生はツボを探す達人でした。軽く触診して魔法のように反応のあるツボをとらえ、ごく浅い鍼をされます。症状が右にあれば左に、上にあれば下のツボに鍼を刺される場合もよくあり、五十肩の患者さんが足のツボに鍼をつけただけで動きが改善することもありました。
大串鍼灸院には肩こりや腰痛といった運動器疾患だけではなく、呼吸器、消化器、自律神経系疾患など多岐の患者さんが県内外から受診にこられます、就職試験のために視力回復の治療を施し、無事合格された学生さんも多くおられました。
先生は研究と施術を生きがいとし、よく学会にも通われ、請われて県外の患者さんの治療にも行かれていました。私も月一度の研究会で先生のお話を聞くのを楽しみにしていました。また難しい患者さんについては先生によく相談もしていました。
大串先生は「目に見えない気の働きが宇宙にあって、小宇宙といえる人体を支配する気の流れを鍼灸で調和させることで元気を回復させることができる」とよくお話になっていました。
先生が永眠され、もう鍼灸の話をすることが出来なくなってしまったことは大変寂しい限りです。
ただ先生が現役を退かれた後、娘さんが先生の記されたノートを「経絡に生きて」という本に編纂されました。私も何度も読み返しては施術に活かしています。
先生の66年の治療家としてのキャリヤからみれば私など半分にも満たず、先生の施術の域にはまだまだ到達できませんが、これからも大串先生が伝えていかれた鍼灸術によって患者さんに楽になっていただくことが師に対する感謝だと思い、日々の施術を続けてまいります。